第1章 ハザマの世界 6
先生とは、ハザマの世界を取りまとめる管理者のことだ。通称「女神の使い」-ハザマの世界のトップに君臨する女神と直接対話ができる存在。使い以外の者たちは、女神の姿を見ることすら許されていない。 彼らはそれぞれが担当する領域で大きな権限を持ち、多くの部下を従えている。再生の間を担当するケンもその一人であり、タックとルーシーは彼の部下として働いている。 ハザマの世界では、女神の使いになることは極めて限られた者にしか許されない栄誉だ。タックとルーシーのような部下たちは、日々の業務を通じて経験を積み、優秀であると認められた者だけが、未来に女神の使いとなる道を歩むことができる。 第三分室を静かに後にしたタックとルーシーは、無数に並ぶ扉の前を通り過ぎ、再生の間の最上階にある女神の使いの部屋を目指して、薄暗い階段を昇り始めた。本来であれば、ドリームパワーを使って自動昇降機を利用することもできる。しかし、タックはそれを避ける。 「タック、あなたって本当に頑固よね。こんなご老体に100段以上の階段を昇らせるなんて。」 ルーシーは軽く息をつきながら言った。タックより20歳ほど年上の彼女にとっては、階段を昇ることの方が避けたい。 「ドリームパワーの無駄遣いはしたくないので。」 タックは真剣な表情で応じる。 「はあ…まあ健康のためと思って付き合うけど、私のことも少しはいたわってほしいものよ。」 ルーシーは肩をすくめながら言ったが、その表情はどこか優しい。 「すみません。」 タックの一言に、ルーシーはふっと笑みを浮かべた。その目はまるで弟を見守る姉のような暖かさに満ちていた。 ハザマの世界には、現実世界のような「通路」という概念は存在しない。足を進めるごとに、まるで無から道が生まれるように、タックとルーシーの歩みが道を形作っていく。その道は2人が前進するたびに自動的に現れ、後ろを振り返ればすぐにその痕跡が消えていった。 まるで自分たちの意思と歩調が直接、ハザマの世界そのものと繋がっているかのような感覚だ。 ハザマの世界では、ほとんどの者がドリームパワーを利用して楽な手段を選ぶため、彼らのように自ら足で道を作りながら歩く者は稀だった。そのせいか、この空間にはほとんど人影がなく、2人の足音だけが冷たく響き渡っていた。 その音の反響が、タックには心の中にある不安と迷いを呼び起こすように感じられた。階段を昇るたび、彼の中でその感覚がじわじわと広がっていく。 今、タックは女神の使いであるケン先生の部屋へ向かっている。その場所では、自分の気持ちなど一切関係のない時間が待ち構えているのだと、彼は心の片隅で薄々感じていた。